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  • Banjo on 2016-Oct-22 01:25:36 Banjo said

    ä¸61¯ã«ç™»ã‚Š、周囲をみるところをやってみます。AとBを比べながら行きます。A 霽雨    ­32;棬之日、入山登中峯。則南北兩峯、岌崇相面、   此所謂三峯也。ï¼¢ 雨(6-17)霽雲棬之日、入山登中峯。則南北兩峯、岌嶪相向、(6-18)此所謂三峯也。雨が晴れ、雲が巻き上がった(快晴の)æ—¥、山に入って中峯(聖人峰)に登った。南北の二つの峰はたかだかと向かい合い、これが、いわゆる三峯である。A 西望大関嶺、逶迤之狀。ï¼¢ 西望大関嶺、逶迤之狀。西を望めば、大関嶺(朝鮮本土の山)が、うねうねとしているのが見える。A 東望海中、有一島、杳在辰方。而其大、未滿蔚島三分之一。 不過三百餘里。ï¼¢ 東望海中、(6-19)有一島、杳在辰方。而其大、未満欝島三分之一。遠不(6-20)過三百餘里。東を望めば、海中に一島が有り、はるか辰方(東南方向)にある。その(島の)大きさは鬱陵島の三分之一未満であり、遠さ(そこまでの距離)は、わずかに三百餘里である。A なしB 而、南北両方、即杳茫。無際水天一色。是(6-21)齋。そして、南と北の方角は、両方とも杳茫として、水と天(海と空)は同じ青一色であり、その区別がつかない。(訳注)西と東には見えるものがあるが、南と北の両方向には海と空以外に見えるものはない。A              北至二十餘里、南近四十餘里、回互徃來。ï¼¢ 自中峯、西至海濱三十餘里、東至二十餘里、南近(6-22)四十里、北至三十餘里。互回徃來。中峯から、西の海濱に至るまでは三十餘里。東は二十餘里。南は、ほぼ四十里。北ãå¯ä¸‰åé¤˜é‡Œã§ã‚ã‚‹。ぐるっと往来ができる(?)。(訳注)中峯に登って、東西南北、それぞれ何里、という数え方には先例がある。Aだけを読んではよくわからなかったのが、Bを見ると、中峯からまわりを見ていることがよくわかる。南の方向は、海濱が見えないため「è¿‘」とあいまいな言い方になっているのだろうか。最後の「互回徃來」の意味わからず。(Aは&#³2300;回互徃來」)ぐるっと往来ができる(?)。『新増東国輿地勝覧』(高麗)毅宗十三年 王聞 欝陵 地廣土肥 可以居民。遣溟州道監倉 金柔立 往視。柔立 回奏云。 島中有大山 従山頂 向東行 至海 一萬餘歩。 向西行 一萬三千餘歩。 向南行 一萬五千餘歩。 向北行一萬餘歩。 有村落基址 七所。或有石佛 鐵鍾 石塔。多生 柴胡 藁本 石南草。 A 西望遠近、■度如斯。是齊。 ï¼¢ 四望遠近、憶<●●●>。(6-23)是齋。四つの方角の遠近について、おしはかるに、以上のようである。(訳注)Aは西望となっているが、Bの四望が正しいようである。ï¼¢<●●●>は、ちょうど紙の破れている部分であるが、Aを参照して、それと同じ「度如斯」のような文字の右側だけが残っている、とも見える。A 西望大谷中、有一人居基地三所。又、有人居基地、二所。ï¼¢ 西邊大谷間、有 人居基址三所。又、有<●●●●>(6-24)所西の大きな谷の中に、人の住んだあとが3箇所見える。さらにまた、別の、人の住んだあとが(2箇所見える。)(訳注)台霞洞あたりのようすが、中峯から見えたのかもしれない。Aの「一人居基地」(ひとりが住めるくらいの大きさの家?)が正しいと見るべきか、この「一」を衍字(Aが写す時にまちがえていれた)と見るべきか。そうすると、この二つの「人居基地」の違いは何か?<●●●●>は、4文字くらい入りそうだが、5文字となるとやや窮屈「又有<●●●●>所」は全部で7文字程度。「又有人居基地二所」(8文字)をそのまま入れると、やや窮屈か。A なしB 北邊長谷、又有人居基址二所。北の長い谷にもまた、人の住んだあとが3箇所見える。A 東南長谷、             亦有人居基地七所。石葬十九所。ï¼¢ 東南長<●●●>(7-1)居基址二所、西南間大谷、有基址七所、石葬<●●●>。(7-2)是齋。東南の長い(谷にもまた、人の)住んだあとが2箇所、西南の間の大谷に、住んだあとが七所、石葬が<●●●>見える。<●●●>は、Aを使えば、「十九所」(ここで、この話は切れる)(次に)舡泊處は、則ち・・・Aではわからなかったことが、Bにより随分良く分かります。またBの破れた部分をAにより補うことが出来ます。

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